11/14(月)、今晩は満月(月齢14.4)でしかも最接近のスーパームーン。
但し、関東の天候は良くないというので、昨夕の月(月齢13.4)を眺めた。しかし、夜半には雲に隠れてしまった。
尚、明晩は晴れるようなのでそれでも構わないかな(月齢15.4)。
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パチンコしたことある?
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□ お題 「パチンコしたことある?」
大学浪人期~大学生期の5年間は週数回のペースで出入りし、大入り回数を競っていた。だがスルーすれば私は損していただろう。
ギャンブルの中では、競馬やカジノと違って、麻雀(賭けは禁止されている)とパチンコと雀球(賭けは認可されている)は、技巧(テクニック)如何によっては儲ける可能性があるので、
大学の学生や教官には人気が高かった。中には大学を中退してパチプロへと身を崩す者もいた。
社会人になってからは、1972年、電動式ハンドルが登場し所謂(いわゆる)"自動台"となったため、技巧では如何ともし難くなり、一気に興味が醒めてしまい、麻雀の方にシフトして行った。
尚、麻雀の方も1980年代のカラオケ・ディスコブームや到来した経済のバブルとともに、
人気が水雲(モズク)と消え若者離れに拍車が掛かった。
□ 11月14日は「パチンコの日」
「全国遊技業協同組合連合会」(現「全日本遊技事業協同組合連合会」・・・新宿区市ケ谷左内町8 遊技会館1F)が、1979年に制定した。
1930年11月14日に、パチンコの発祥の地・名古屋市でパチンコ店第1号の営業許可が下りた日。
1936年、高知県でパチンコが大流行、半年で35店が開店。
太平洋戦戦時態勢の1942年、全面禁止となっていたが、終戦後の1946年、スンナリ復活した。
刑法的には「風営法」で「設備を設けて客に射幸(ギャンブル)心をそそる恐れのある遊技をさせる営業」として定める。
遊技の結果で得たパチンコ球を賞品と交換、または景品交換所で現金と交換される営業が行われる。
1951年、18歳未満の者は入場禁止。
1960年、画期的な仕掛け「チューリップ台」が登場。
1972年、電動式ハンドルが登場。貸球料金が2円から3円に値上げされる。
1985年、パチスロ(パチンコ型スロットマシン)の認定基準が定められた。
市場規模のピークは、
顧客数では1995年の2900万人、店舗数でも1995年の17,631店、
売上金額(貸球料金)では2005年の34兆8620億円。
近年の市場動向としては、ハイテク(IT)ゲーム産業化が進行しているものの、
娯楽の多様化に伴う古臭い遊戯イメージ(陳腐化)、不健康(店内の分煙化が不十分)、不健全(パチンコ・パチスロ依存症)などのイメージによる若者離れによって、年々減少の一途を辿っている。
パチンコ・パチスロ産業では、在日の韓国人・北朝鮮人が経営に携わっている割合が7割を超えており、警察庁公安委員会では韓国民団・朝鮮総連の有力な政治活動資金源と見ている。