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7月30日は「梅干しの日」、「梅干し」の歴史。

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■ 7月30日は「梅干しの日」


「梅干し」は、古くから作られている梅(ウメ)の実の塩漬け。長期間保存できるよう25~30%の塩分で漬け込んだ漬物。

6月頃に収穫する熟したウメを用い、塩漬けにした後3日程、日干し「土用干し」にした後「本漬け」したもの。

日本では、おにぎりや弁当に使われる主力食品で、非常に酸味が強く、この酸味は梅自体に含まれるクエン酸に由来する。


「梅干し」は幼少の頃から親しんで来た、私が好きな食品に含まれる。

食べ方としては-----、
体調が良くない時に番茶に入れて食べる。
食欲が減退している時に朝ご飯に乗せて食べる。
おにぎり・お茶漬けの具、弁当のおかずとしては欠かせない。
梅・紫蘇(シソ)・海苔・ワカメの振り掛け。
鰯(イワシ)の梅肉煮。



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□ 主な大量生産地


和歌山県(紀伊国)は日高郡みなべ町・田辺市を中心に梅干しの大生産地。当地の「南高梅」と呼ばれる品種の梅干しは県の推薦優良土産品に指定されている。

①この頃に新物の梅干しが食べられること、②梅干しは健康に良く「梅干しを食べると難が去る」と昔から言われて来たこと-----から、「なん(7)がさ(3)る(0)」という語呂合わせで、みなべ町の「(株)東農園」が7月30日を「梅干しの日」に制定した。


隣接する奈良県(大和国)も五條市・下市町を中心に梅の栽培が盛んであり、吉野郡吉野町では八重桜とともに漬け込んだ商品も出ている。



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「梅干し」の歴史


紀元前2世紀頃の前漢・馬王堆漢墓(ばおうたいかんぼ) に副葬された土器の中から梅干しが見つかっている。


5世紀末の古墳時代に日本に渡来した「烏梅(うばい)」は熟れ掛けた実を籠に入れ煙で燻製にしたもの。






□ 平安時代


菅原道真(845年8月1日~903年3月26日)は、第59代宇多天皇(867~931年) に重用され、第60代醍醐天皇(885~930年) では右大臣にまで上り詰めたが、左大臣・藤原時平(871~909年) はじめ守旧派の貴族の陰謀に惑わされた醍醐天皇によって、謀反を計画したとして大宰府へ左遷され無念のまま窮死に追い込まれた「昌泰の変」。
太宰府に左遷されて九州へ旅立つ時、道真はこよなく愛でていた屋敷の梅の木を見上げて歌を詠んだ-----
「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」 ⇒現代語訳「東の風(春の風)に乗せて、この梅の香りを太宰府へ届けて欲しい」。
その梅の木は、道真を慕って、一夜のうちに都から太宰府まで飛来して根付いたという「飛梅伝説」。
死後は、千年以上経た今日でも天満宮天神様(学問の神)として信仰の対象となっている。

尚、梅干しの種の仁(中身)を俗に「天神様」と言う。

医学書『大同類聚方』(だいどうるいじゅほう、808年に完成)、『延喜式』(養老律令の施行細則、927年に完成)には梅干しの記述がある。
梅干しと昆布茶で第62代村上天皇(926~967年) の病を治した(948年)という言い伝えもある。


清少納言は『枕草子』(1001年にほぼ完成)で、第五十二段「歯もなき女の梅(むめ)くひて酸(す)がりたる」⇒現代語訳「歯の無い老女が梅干しを食べて酸っぱがっている」様を「にげなきもの (似つかわしくないもの)」として辛辣に評している。愛らしい若い女性が酸っぱさに顔を顰(しか)めるのなら絵になるということか。



□ 鎌倉時代


料理書『世俗立要集』(鎌倉末期に成立)に梅干しの記述がある。



□ 戦国時代



梅干しは平素の保存食としてだけではなく、傷の消毒、戦場での食中毒などと伝染病予防に無くてはならないもの「陣中食」となり、合戦中の休息に梅干しを見ることで唾液分泌を促進させ息切れ(脱水症状)を防ぐ目的に使われ、戦国武将たちの戦略物資の一つとして梅の植林を奨励した。

 




□ 江戸時代


現在の梅干しの作り方とほぼ同じ作り方が本草書『本朝食鑑』(1697年刊行)に記されている。梅干しが紫蘇(シソ)で赤く着色されるようになった。「熟しかけの梅を取って洗い、塩数升をまぶして2、3日漬け、梅汁ができるのを待って日に晒(さら)す。日暮れになれば元の塩汁に漬け、翌朝取り出しまた日に干す。数日このようにすれば梅は乾き汁気は無くなり、皺(しわ)が寄って赤みを帯びるので陶磁の壷の中に保存する。生紫蘇の葉で包んだものは赤くなり珍重される」。

NHK「チコちゃんに叱られる」より、武家屋敷の蔵に熟成した梅干し

 



正月・節分・大晦日などの節目に縁起担(かつ)ぎとして昆布や梅干しにお茶を注いだ「福茶」を飲む習慣が庶民に広がった。

 


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