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直木賞作家の乃南(のなみ)アサ氏が「水曜日の凱歌」で、3/9(水)に文化庁「芸術選奨文部科学大臣賞/文学部門」に選ばれたとのニュースがあった。
私はこれまで、テレビドラマで接したことはあっても、原作を1冊も読んでいなかったので、
早速、図書館に行ったところ、直木賞の「凍(こご)える牙」も「水曜日の凱歌」もなかったので、取り敢えず短編連作集「禁漁区」を借りて読んでみた。
乃南アサ(著)
連作短編集「禁猟区」
収録作品: 「禁猟区」「免疫力」「秋霖(しゅうりん)」「見つめないで」の4作品。
・・・新潮社・単行本2010年9月刊、新潮文庫2013年6月刊。
【セールストーク】
新ヒロイン登場!
後輩を洗え、先輩を挙げろ。警察官の犯罪を捜査する女性監察官「沼尻いくみ」の活躍を描く傑作警察小説4編。
捜査情報が漏れている!?刑事が立場を利用して金を動かしている!?警察内部の犯罪を追う監察官はあくまで陰の存在。
隠密行動を貫いて「密猟者」を狩り出してゆく。尾行される刑事は意外にも無防備。獣道に沿って仕掛けられた罠に気づきもしない。プロとしての自負が邪魔するのだろうか。
監察チームの頭脳プレーを描く本邦初の警察インテリジェンス小説、ここに誕生。
【感想】
一言で、警察小説の名手・横山秀夫氏のヒットシリーズである、警務部門「陰の季節」の監察官・女性版。
横山氏は警察組織の対立抗争であるのに対し、乃南氏のそれは違法捜査を辞さないどころか得意とする女性監察官を主人公として描く。
従ってアウトローなヒロインが痛快に活躍する、エンタメ小説。テレビのサスペンスドラマ向き。
【あらすじ】
■「禁猟区」
若山直子は、警察官を監察する組織「警視庁警務部人事一課監察官室」に勤務する監察係。
不祥事を犯してしまったり、犯罪に手を染めたりした警察官を捜査・追及する警察官(巡査部長)。
かつて補導した不良少年はホストクラブでその店のNo.1を狙えるホストになっていた。
結婚して家族もいる直子は、かつて生活指導した不良少年・内田潤が仕事に就いた後、更生の支援を続けている。
直子もホストクラブの常連客に名前を連ね、更生を助けるとの大義名分と池袋や八王子のホストクラブに通うことに魅入られてしまう。
一晩で数十万円を使って行く女たちの中で、入れ挙げて行く中年女の警察官・直子。
直子の資金源は、ホストクラブで借金が嵩(かさ)み身動きの取れなくなった少女たちの借金清算と称して、
違法営業の風俗店経営者を脅して得た顧客情報から、未成年者の金満な親から解決してやるとカネを巻き上げ、それを自分のホスト遊びに注ぎ込んでいた。
枕営業(潜入捜査)から禁漁区での密猟(職権乱用の犯罪)への転落。
■「免疫力」
風祭毅(たけし)は、指定暴力団の壊滅を目指す組織、六本木警察署組織犯罪対策課の主任刑事。
暴力団を力で捩(ね)じ伏せる手法ではなく、如何に人のためにならない行為に依存しているのかを身を以って知らしめ廃業し更生させる。
風祭はそうした手腕で幾つかの暴力団を解散させて来た。
その優秀で善意に溢れた警察官が、暴力団へと深く関わってしまう。
顔馴染みの組長の姪が白血病になったと落ち込んでいるのを見て、悪性リンパ腫の息子に効いた健康食品アルファトリマックスゴールドのことを教えた。
組長は何と、その食品を大々的に売り捌(さ)くビジネスを始め、風祭までが販売促進・商品説明会に呼ばれて経験談を話し纏(まと)まった大金を手にするようになった。
警察官として犯してはならない犯罪の数々、免疫力の喪失。
警視庁菊屋橋分室(女性被疑者の留置場)での展開。
■「秋霖」(しゅうりん)
(注) 秋霖
秋の初めの秋雨前線によって降り続く長雨、「すすき梅雨」とも言う。梅雨前線のように始まり・終わりが明確でないことが多い。
警視庁警務部監察係の若い女性警察官・沼尻いくみの活動。
公訴時効まで1カ月となった調布の資産家女性の殺人事件を追っている刑事(巡査部長)の小池重男は、一匹狼タイプでチームワークを重んじない。
そればかりか、証拠品の捏造(ねつぞう)を部下に指示し、クロだと思う男に揺さ振りを掛け、捜査情報を知り合いのブンヤ(新聞記者)に漏洩していた。
何時までもホシが上がらず階級も上がらず、かつ秋霖の如く続けられる転落。
■「見つめないで」
女性監察官のいくみが、事件に巻き込まれて行く。
彼女の自宅にストーカーめいた嫌がらせが始まる。
時を前後して、元交際相手だった、女遊びの所為(せい)で失職した内野弘光がやって来た。
果たしてストーカー犯は内野なのか? 悩んでいたいくみのために、監察室の同僚たちが立ち上がる。
変態的写真郵送・メール送信そして盗聴。
ところが、犯人とは、内野に諭旨免職を言い渡した監察官という驚愕の結末。
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【乃南アサ 略歴、主な作品】
1960/8/19(55歳)東京生まれ。本名・矢沢朝子。
カリタス女子中学校・高校(川崎市多摩区中野島)、1980年、早稲田大学社会科学部中退後、広告代理店勤務などを経て、作家活動に入る。
1988年、「幸福な朝食」で日本推理サスペンス大賞優秀作。
1996年、「凍える牙」で直木賞。
2011年、「地のはてから」で中央公論文芸賞。
2016年、「水曜日の凱歌」で芸術選奨・文科大臣賞。
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■■ 短編、女刑事・音道貴子シリーズ
■「凍える牙」・・・新潮社・単行本1996年4月、新潮文庫2000年2月・新装版2007年11月。直木賞。NHK-BS2(2001年)、テレ朝(2010年)。
直木賞の選評<抜粋>・・・文藝春秋社・オール讀物(1996年9月号)
黒岩重吾◎66点「食事や風呂、また睡眠時間を惜しんで読んだ」「エンターテインメント小説の醍醐味を満喫出来た。」「これまで、警察と刑事を描いた小説の中で、このように女性臭くて、
しかも任務に対して筋を通す女性刑事を主人公にした作品はなかったような気がする。そういう意味では、画期的な小説ともいえよう。」
井上ひさし◎64点「(「蒼穹の昴」との)二作受賞を心から願っていた。」「たしかに話の作り方では成功したとは言いかねるが、主役と狂言回し(読み手の理解を手助けする進行役)とをかねた二人組の警官の人間創出に、高い水準でみごとに成功している。」
五木寛之△13点「推理小説として読めば、いささかの難はあるが、サスペンス小説と受けとめれば納得もいく。ただ私には、バイクで狼犬を追走する場面の描写などひどく物足りなく感じられる部分もあって、『蒼穹の昴』の八方破れのおもしろさに一票を投じることになった。」
■「ボクの町」毎日新聞社・単行本1998年9月、新潮文庫2001年12月。
■「鎖」・・・新潮社・単行本2000年10月、新潮文庫2003年12月。
■「嗤う闇」・・・新潮社・単行本2004年3月、新潮文庫2006年11月。
■「風の墓碑銘(エピタフ)」・・・新潮社・単行本2006年8月、新潮文庫2009年1月。
■■ 短編、芭子&綾香シリーズ
■「いつか陽のあたる場所で」新潮社・単行本2007年8月、新潮文庫2010年2月。NHK-G(2013年)・SP(2014年)。
■「すれ違う背中を」新潮社・単行本2010年4月、新潮文庫2012年11月。NHK-G(2013年)。
■■ 長編
■「幸福な朝食」新潮社・単行本1988年11月、新潮文庫1996年10月。日本推理サスペンス大賞優秀作。日テレ(1988年)。
■「6月19日の花嫁」新潮社・単行本1991年2月、新潮文庫1997年2月。松竹(1998年)。
■「パラダイス・サーティー」実業之日本社・単行本1992年11月、幻冬舎文庫1997年6月、新潮文庫2003年10月。テレ朝(2000年)。
■「風紋」双葉社・単行本1994年10月、双葉文庫1996年9月。テレ朝(1999年)。
■「結婚詐欺師」新潮社・単行本1996年10月、幻冬舎文庫1999年8月、新潮文庫2004年2月。WOWOW(2007年)。
■「晩鐘」双葉社・単行本2003年5月、双葉文庫2005年5月。
■「しゃぼん玉」(2004年11月 朝日新聞出版 / 2008年2月 新潮文庫)
■「ウツボカズラの夢」双葉社・単行本2008年3月、双葉文庫2011年6月。
■「ニサッタ、ニサッタ」講談社・単行本2009年10月、講談社文庫2012年10月。
■「地のはてから」講談社・単行本2010年11月、講談社文庫2013年3月。中央公論文芸賞。
■「水曜日の凱歌A Triumphal Song on Wednesdays」新潮社・単行本2015年7月。芸術選奨・文科大臣賞。
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■■ 短編集
■「トゥインクル・ボーイ」実業之日本社・単行本1992年1月、新潮文庫1997年9月。関テレ(1993年)。
■「家族趣味」広済堂出版・単行本1993年9月、新潮文庫1997年5月。関テレ(1994年)。
■「団欒」新潮社・単行本1994年1月、新潮文庫1998年8月。泉鏡花文学賞候補。
■「花盗人」新潮文庫1998年4月。
■ 園田寿氏との共著「犯意―その罪の読み取り方―」新潮社・単行本2008年8月、新潮文庫2011年2月。
■「禁猟区」新潮社・単行本2010年9月、新潮文庫2013年6月。
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■■ エッセイ集
「いのちの王国」「ミャンマー」「地球の穴場」「美麗島紀行」など。
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