NHK-E 「ダイアモンド博士の“ヒトの秘密”」
■ 第8回「“進化”から見た文明格差」
初放送: 02/23(金) 22:00~22:30
再放送: 02/25(日) 24:45~25:15
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□ 概要
第8回のテーマは「格差」。
ヒトは、狩猟採集の暮らしから少しずつ農業に移行して来た。
しかし、そのタイミングとスピードには地域によって大きな違いがあった。
どのような条件が、その差を生んだのか?
また、それは後の人々の暮らしに、どのような影響を与えたのか?
ダイアモンド博士が、ヒトの文明の謎に切り込んで行く。
□ 詳細
今回のテーマは「文明格差」。
狩猟採集の時代から農業に移行したタイミングとスピードは、地域によって大きな隔たりがある。
どのような地理的な条件が、その差を生んだのか? そして農業の伝わり方が、その後の世界をどのように変えてしまったのか?
農業の始まりが、どのように貧富の差に繋がっているか? 世界に豊かな国と貧しい国がある。世界のどの国が豊かで力があるか? 米国・日本・イギリス・・・。海で始まり海で終わる国・・・?
なぜ世界には、豊かな国と貧しい国があるのか? 世界経済における根源的な問題。経済学者たちもこの疑問の答えを見つけられていない。
しかも、意外なのは現在、アフリカが極めて貧しい大陸となっていること。日常生活では普通、早く始めることには意味があるとされている。馬でも人間でも、スタートで先行すると優位になる。ヒトはアフリカで500万年前にチンパンジーから枝分かれし、ヒトの進化で圧倒的に先頭を走っていた。他の地域でヒトが現れるのは300~200万年前になってから。なのに、当初リードしていたアフリカが、なぜ最も貧しい大陸となってしまったのか?
メキシコはどうか? コロンブスが大西洋を渡った1492年、世界最大の都市はアステカ帝国の首都テノチティトラン(1325~1521年)だった。メキシコには当時、大変な力があった。しかし今、世界一の豊かな国とは言えない。なぜなのか?
現在の世界の不均衡や格差を考える時、こういった素朴な疑問を忘れないことが大切。そして格差を生んだ一つは、農業の始まりの不均衡にある。
前回みたように、農業は人口を増加させヒトに力を授けた。もし農業がそんなに魅力的ならば狩猟採集民は挙(こぞ)って移行したはず。しかし、農業に移行できる地域は極僅かに限られていた。狩猟採集から農業に移行するタイミングには地域によって大きな差があった。
植物の栽培と、動物の家畜化は、なぜ世界中に一気に起こらなかったのか? 実際は、野生の植物や動物のうち品種改良できるのは極一部。改良して栽培できる植物と、家畜化できる動物が生息できる地域は、世界中で僅か9~10箇所。農業はまずその地域で先行して始まった。
さて、農業はオーストラリアを除く世界の大陸でそれぞれ個別に始まった。ユーラシア大陸では中近東地域と肥沃な三日月地帯の中国。アフリカ大陸では3箇所。アメリカ大陸ではメキシコ・アンデス・アマゾン・アメリカ合衆国東部。ニューギニア等でも農業が始まった。なぜ、この9箇所だったのか?
博士は、各地域の動物と植物の分布から解き明かす。それは品種栽培して改良できる植物や、栽培できる動物が偶々、この地域に生息していたから。ほとんどの動物や植物は品種改良が難しい。地球上の野生動物は4,000種程、そのうち、14種だけが家畜化され役に立つようになった。家畜化して機能するには或る程度の大きさが必要。ネズミやコウモリの乳を搾るのは難しいし、ネズミを乗り回したり鍬(くわ)を引かせたりするのも厳しい。
5大哺乳動物。大昔に家畜化され今でも現役。牛・羊・山羊・豚・馬。この5種類が最も価値のある哺乳動物。他にも世界で9種類の哺乳動物が家畜化された。ユーラシア大陸に生息していたトナカイ・ロバ・ラクダ・ヤク・水牛・ガウル・バンデン。アメリカ大陸にも家畜化された動物がいる、ラマ。動物を家畜化するには、野生動物を飼い慣らしながらヒトの役に立つ動物に改良する必要がある。数千年かけて家畜化に成功したのはこの14種類だけ。どのようにして家畜化に成功したのか? 哺乳動物を家畜化するのに問題なのは餌の手配。
南米のアリクイは体がとても大きく大量の食料を必要とし、アリクイが家畜として定着しなかったのは1日50kgもの餌であるアリをどうやって調達するか分からなかったから。成長が遅い動物も家畜化に向かない。生まれて半年~1年したら屠殺して食用にできるのが望ましい。シマウマはどうか? 馬にそっくりだがとんでもない習性がある。誰かが近くに来るとガブッと噛んで死ぬまで離さない習性がある。
家畜化しやすいのはリーダーに従う性質があること。羊・山羊・牛・馬にはリーダーに従う習性がある。群れの中でリーダーを中心に序列ができて、その序列をヒトが利用でき、ヒトが杖を持って牛の前に現れたら、牛はリーダーだと思い込んで移動する。家畜化できた動物が14種しかいないのはこの理由。そして14種の動物は世界各地に均等に分布していた訳ではない。
特に優秀な5大哺乳動物は肥沃な三日月地帯に生息していた。イラン・イラクからトルコ南西部、レバノン・ヨルダン・イスラエル・パレスチナに亘る三日月型の地域。最初に農耕が始まった。アジア西部地域、後にメソポタミア文明が栄えた地域。この三日月地帯は実は肥沃ではなく、むしろ乾燥地帯。それなのに11,000年前に農業への移行が最初に始まった。なぜか?
家畜化しやすい動物がいたから。特に肥沃でもないのに農業で他の世界に先行できたのは、そこに野生の牛・羊・山羊・豚が住んでいたから。そして野生の馬も近くにいた。
野生の植物も、その殆どは品種改良を行って栽培することはできなかった。食用にできるのはほんの一部の野生植物。主に種の大きな穀類だけ。例えば、小麦3種類と大麦は全て肥沃な三日月地帯に自生していた。中国と東南アジアから来た稲。アメリカ大陸のトウモロコシ。こういった植物は今でも貴重な食料源。世界の農業に影響を与えた6種の穀類。
品種改良のしやすさと食料にした時の栄養価には、ばらつきがあり、地域によって不均衡に生じたのではないか? と博士は考えている。
6つの穀類の中でも稲とトウモロコシはタンパク質が少なく、小麦と大麦はタンパク質が豊富で有利。トウモロコシの不利な点は品種改良にあまりにも長い時間を必要とした。トウモロコシはテオシンテという野生の穀物から品種改良されたもの。元々指1本の長さ程度で硬い殻で覆われていて、品種改良にかかった年月は8,000年。雄軸の先の硬い殻を取り除き、現在の大きさになるのに何世代にも亘る努力をした。現在のトウモロコシは生でも食べられる。最初は、歯が折れるほど固くて小さかった。トウモロコシは品種改良でその姿を大きく変えた。
一方、肥沃な三日月地帯の小麦は、現在私たちが口にするのとほぼ同じ。15,000年前の狩猟採集民はそれを食べて栽培するのに大して手間が掛からなかった。家畜化しやすい野生動物、栽培しやすい野生植物が生息する三日月地帯から家畜化、栽培化が始まった。
家畜と野生の動物の脳に違いはあるか? 家畜の鶏の脳は野生の鶏の脳に比べて小さい。これは家畜一般に言えること。野生の動物は、自分で自分の面倒をみないといけないが、家畜は賢い必要がないし変に賢くない方がよいから。
家畜化しやすい野生動物と栽培しやすい植物の分布によって大きな地域差が生まれた。農業はどのように広まったのか? 肥沃な三日月地帯で農業は始まった。農業はその後、急速に広まった。農業が中近東と中国とメキシコで始まった後、東西に広がった。なぜか? 緯度が同じで日照時間も同じ、似たような気候で同じような病気があったので、様々なノウハウが伝わりやすかった。
中近東で羊と山羊の家畜化が始まるとそれが中国に伝わる。一方、中国で稲作が始まり鶏が家畜化されるとローマ帝国に伝わる。東西の交流は急速に進展した。同じ緯度にあるから。南北方向に伝わるのはとても難しい。南に行くと気候が変わって熱帯になる。そしてその先は再び寒くなる。病気や季節や文化が大きく異なるので時間がかかったのだ。ユーラシア大陸では農業の文化やノウハウが素早く広がったが、南北アメリカではそうは行かない。アンデス地方で品種改良に成功したじゃがいもや同じくアンデスで家畜化されたラマは、メキシコまで到達しなかった。
発明や技術についても同様。メキシコで子供用の玩具には車輪の概念があったが、それがアンデスまでは伝わらない。南アメリカでラマが家畜化されてもそれがメキシコまで到達しないので車輪はそれをひく動物と出会えなかった。一方、ユーラシアではウクライナで車輪が発明され、数百kmしか離れていない肥沃な三日月地帯で牛が車輪を待ち構えていた。その結果、車両という概念が定着した。
アフリカで今、貧困に喘(あえ)いでいる要因もアフリカが南北方向に長いからだと考えられる。三日月地帯で家畜化された羊や牛や山羊が、アフリカの最南端まで伝わるのに9,000年の年月を必要とした。農業がユーラシア大陸では東西に伝わって違いに影響し合い、さらに発展した。一方、アメリカ大陸は、南北それぞれに始まった農業が熱帯気候に阻まれ交流できず互いに孤立したままなかなか発展しなかった。
ダイアモンド博士は、このような違いが後にどのような影響を与えたか検証して行く。
初期の農業には他に、2つの利点がある。
1つは馬。スペイン人がアメリカに攻め込もうと、メキシコと南米にやって来た時の話。南米のペルーとエクアドルにやって来たのは169人のスペイン人。それを迎えたのは、当時南米最大のインカ帝国の軍隊80,000人。しかしスペインには61頭の馬がいた。かつての戦いでは馬は立派な兵器。しかし、当時のアメリカ大陸には馬がいなかった。これがヨーロッパ人がアメリカを征服した要因の大きな一つ。
もう1つの優位性は、やや逆説的。家畜はヒトにミルクや肉を提供しただけでなく、自分たちの病気をヒトに移したのだ。牛の病気・牛疫(ぎゅうえき)が麻疹(はしか)になった。麻疹で命を落としたが、それを乗り切ったヨーロッパ人たちには抗体が残った。その後、彼らはアメリカ大陸に麻疹と天然痘の菌を持ち込んでしまう。アメリカ先住民はこれらに対して全く無防備だった。家畜からの病原菌と馬。ヨーロッパ人がアステカやインカを極めて短期間で征服できたのは、この2つが大きな原因だっとダイアモンド博士は考えている。
農業に付随した派生的な要素が歴史を大きく変えた。農業が世界各地で始まった後、ヨーロッパ人は比較的早い段階で農業に移行した。彼らは肥沃な三日月地帯から農業を学び、そこから得た成果によって、南北アメリカやアフリカを征服したのだ。南北アメリカやアフリカの人々も農業に移行したがスタートに出遅れただけでなく、家畜の面で恵まれていなかった。
ところでヨーロッパには何か特別な資源があったか? ヨーロッパにはとても肥沃な土壌があった。かつて氷河が行ったり来たりした時に、土が掻き混ぜられ豊かな土壌をもたらした。
またヨーロッパには、植物が育つ暖かい季節に降水量が増える。ヨーロッパはアメリカのグレートプレーンズと並び世界でも最も生産性が高い地域となった。
それでも不可解なのは中国の問題。中国は肥沃な三日月地帯と同じ頃に農業に移行した。そして稲・豆類・雑穀類を栽培化、豚・水牛を家畜化した。それなのになぜ中国ではなく、ヨーロッパが世界を席巻したのか? 中国人は中国で満足した。かつて明の時代にインド洋に大船団を送った際、皇帝はなぜ植民地のために船団を送るのか?中国には全てが揃っている。他の世界に行ったところで得るものはないと。
ヨーロッパ人による南北アメリカやアフリカの支配。そしてその後、現在も続く地域間の格差。
ダイアモンド博士は、動物の分布が偏っていたことや大陸の形状の違いがその原因である。人種や民族の違いではないと。ヨーロッパ人が躍進したのは農業に早く移行できたから。しかもそれも自分たちが獲得したわけではなく、肥沃な三日月地帯の成果を上手に受け継いだだけなのだ。