■ 第7回「農業は人類に何をもたらしたのか」
初放送: 02/16(金) 22:00~22:30
再放送: 02/18(日) 24:45~25:15
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第7回のテーマは「農業」。
狩猟採集の生活から農業への移行は、ヒトの暮らしを大きく変え文明発展の基礎となった。
一方、農業はヒトの体や社会に大きな問題も引き起こして来た。
農業は人類をどう変えたのか?ダイアモンド博士が生徒たちと明らかにする。
□ 詳細
今回のテーマは「農業」。
狩猟採集の生活から農業への移行はヒトの暮らしを大きく変え文明発展の基礎となった。
一方で、農業はヒトの体や社会全体に大きな問題を引き起こして来た。
農業は人類をどう変えてしまったのか? ダイアモンド博士が生徒と共に明らかにして行く。
農業とは自分たちの食料を栽培すること。1万2千年前までは無かった。
今日は私たちの歴史で最も大きなライフスタイルの革命、狩猟採集から農業への転換についてお話ししよう。
人間だけがやっている特別のものだと思ったら、実は他の動物もやっていたという例は結構ある。農業もその一つ。
例えば、アリの仲間ハキリアリ。このアリは、まさに葉っぱを切って地下の巣に運ぶ。
北米から中南米に生息している。一つの群れで約数百万匹が集団生活。
切った葉を地下の巣に運び込む。そこで葉っぱの断片に繁殖する菌類を育てている。持ち込んだ葉ではなく、そこで育てる菌類を大人のアリや赤ちゃんアリが食べる。
これは立派な農業。しかし動物界で自分の食料を育てて農業をするのは、このハキリアリ位。
農業は11,000年前に始まったばかり。地球の歴史は45億年。生物の営みは35億年。ヒトが誕生してからでも500万年。
農業はまだ日が浅い。ヒトの体は長年続いた狩猟採集生活に最近ようやく馴染んだばかり。農作業にはまだ慣れていない。
ダイアモンド博士は数十万年に亘って続いた、狩猟採集の暮らしがどのようなものだったのか? その中でヒトはどうやって農業に移行する切っ掛けを掴んだのか? を生徒と一緒に見て行く。
狩猟採集とは、野生の植物を集め野生の動物を捕まえて食料にすること。例えば、野イチゴを集めたり野生のシカや野生のサケを捕まえたりする。それが狩猟採集民のライフスタイル。
一方、農業はちゃんと選んだ植物や動物を育てる。野生ではなくヒトに役立つように改良されたものを。より多くの栄養を摂ることができるように、品種改良を進め、単に野生の動物を手懐(てなず)けるだけでなく交配によってヒトに役立つように変化させる。
狩猟採集生活から農業生活への移行は、約11,000年前から長い期間をかけ世界各地で起こった。
それは、或る偶然から始まったと博士は考えている。農業は発明されたものではない。農業は狩猟採集民が偶々(たまたま)、やっていたことの副産物だった。
例を挙げると---
豆は鞘に入っている。豆の鞘には成熟した時に鞘が爆(は)ぜる代わりに、豆を中にしまったまま枝に残るものがある。100個に1個位の割合。遺伝子の突然変異によるもの。
それを見た狩猟採集民は、地面に落ちた豆より収穫しやすく変異した、爆ぜない鞘を採り、持って帰る。彼らの住みか周辺で豆が零(こぼ)れ落ちる。そして狩猟採集民が翌年その場所に戻ると豆が生えている。しかも鞘が爆ぜない有難い豆。狩猟採集民は豆の遺伝や突然変異についての知識を持っていた訳ではない。鞘が割れずに枝に付いている豆を持って帰ったら、それが育っただけなのだ。しかし結果的に狩猟採集民は、鞘が爆ぜないように変異をした珍しい豆を選んでいたことになる。それによって鞘が爆ぜて扱いにくい野生の豆から、鞘にしっかり入っている農産物としての豆に変化させた。つまり植物の栽培や動物の家畜化は、狩猟採集民が意識せずにやっていたことで、目的を持ってやっていたことではない。
ヒトは気付かないうちに、今で言う品種改良のようなことを行ったと博士は言う。
こうして始まった農業は、私たちヒトに何をもたらしたのか? はっきりしているのは農業では狩猟採集生活よりも多くの食料を確保できるということ。そしてその食料を蓄えることができるということ。狩猟採集の生活では食料を貯蔵するということが無かった。農業生活で食料を保存すれば野イチゴが採れなかったりゾウを捕まえられなくても、ひもじい思いをすることは無い。
農業の利点はより多くの食料を保存し、不作の時に備えられること。その結果、人口が爆発的に増えた。農民は農場の小麦やトウモロコシなど全て食べることができる。しかし狩猟採集民にとって森の植物のほとんどは食べられない。農業では同じ面積で得られる食料が、狩猟採集民の100倍から1,000倍もある。豆や小麦などの食料を貯蔵すると農業以外のいろいろな職業のヒトを養える。狩猟採集の生活では全員が狩りなどに出かけるので、誰も発明家や王様になれない。しかし農業では、食料の蓄えがあるので一部のヒトを集落に残し土を使って何を作れるのか? 銅や鉄を精錬する方法を研究させることができる。王様や軍隊などの専門家も養うことができる。
つまり農業はパワーだということ。農業では人口が増えるので発明や道具の開発の専門家を養い、優れた槍や斧を作ることができる。農業に移行した人々の方が武器や兵力統率力で狩猟採集民に勝る。その結果、農民が狩猟採集民を攻撃したり抹殺したりするようになった。
人類の歴史11,000年は、農業に移行した人々が狩猟採集民を征服する歴史だったと言える。
例えば---
日本の農民はアイヌの狩猟採集民を支配下に置き、米国ではヨーロッパからの農民がカリフォルニアの先住民を征服した。
ダイアモンド博士は、ヒトは農業への移行によって人口を増やし分業を始めたと言う。食料の蓄えは権力者と兵力を生みヒトは格差と征服の歴史を歩み始める。
狩猟採集民と農民ははっきりと分かれていたのか? 確かにはっきり分けるのは難しい。或る日を境にフルタイムで狩猟採集民だった人々がきっぱりと農民になったなんてことは有り得ないから。実際は少しずつゆっくりと何百年何千年も掛けて、農業で得る食料が狩猟採集から得る食料を上回るようになった。
私が家族と夏を過ごすモンタナ州には、普段は農業だけど冬になるとシカやエルクの狩猟に出かけるという人が結構いる。彼らは今でも狩猟採集から食料を得ている訳。
農業は、ヒトにパワーをもたらした。その一方で、農業への移行は大きな問題も引き起こした。農業は人間社会に豊かさをもたらした。
確かにそれは進歩だと言えるが、農業は新たに大きな問題ももたらした。農業生活のデメリットは何か?
病気が移って広まりやすくなる。農業の暮らしでは病気が広がる確率が高い。畑などの周辺に密集して住むので、人から人へ病気が移りやすい。散らばって暮らしていたら病気はなかなか移らない。
またヒトにとって迷惑この上ない疫病は、家畜の病気が原因。天然痘はラクダの病気のラクダ痘から来ている。麻疹(はしか)は牛の病気の牛疫から。病気は農業のデメリット。
もう一つの難点は、余暇の減少。狩猟採集民は外で狩りをして戻って来たら、後は自由。農業は丸一日の時間が掛かるので余暇が減ってしまう。
また農民は、栄養のバランスが悪く食べ物の種類も少なくなりがち。狩猟採集民は多くの種類の植物を採集し、いろいろな動物を捕獲する。ビタミンなど多種の栄養を摂取することができる。
考古学者が狩猟採集民の骨と農民の骨を比べたところ、農業が始まった頃に体が小さくなったことも分かっている。ダイアモンド博士の言う身長の変化を具体的に見てみよう。骨の化石を調べたところ狩猟採集をしていた頃の男性の平均身長は約177cm。しかし11,000年前に農業が始まると身長は次第に低くなる。タンパク質やミネラルやビタミンが豊富だった狩猟採集の食生活から、穀物中心の食事に変わったことが原因だと考えられている。その後、平均身長が狩猟採集民と同じレベルに戻ったのは、20世紀に入ってからのこと。
余暇が減り栄養が偏(かたよ)り病気が感染したりなど、農業のデメリットを見て来た。
他にまだあるか?一つの作物を集中して栽培することが多いので、もし病気で不作になると社会が崩壊する。
数百万もの人に影響を与えた例---1845年から数年間続いたアイルランドのジャガイモ飢饉。国民の主食だったジャガイモに疫病が流行し、人口の1割以上が命を落とした。この時多くのアイルランド人が、移民としてアメリカに入国。その数約150万人。ジャガイモ飢饉はアイルランド人がアメリカ社会に進出する切っ掛けにもなった。
現代農業では、例えば---遺伝子組み換えとか農薬みたいに農業に使っている技術が問題を起こしている。農業の問題は現代でも続いている。小さな農家による丁寧な農業を大規模農業が破壊してしまった問題。そして作物の多様性が減って生じる飢饉のリスク。殺虫剤や除草剤などの農薬が私たちの体に及ぼす影響など。
農業がヒトにもたらした大きな問題が後2つ。
まずは社会の不平等。狩猟採集の社会では誰もが狩猟や採集をし地位の上下は無い。しかし農業社会では特定の人に権力が集中する。社会が不平等になった。女性の地位が低くなってしまったのも農業の特徴。遊牧社会では牛など大きな動物を扱うので女性は不幸にも低い地位にある。
そしてもう一つの大きな問題は、マルサスの研究に関係している。トーマス・マルサス。人口を抑制するためには戦争や病気飢饉などが不可欠だと説いた人。もし人口が増え過ぎたら社会が不安定になるから。
イギリスの経済学者マルサスは18世紀末に「人口論」を出版。農業の生産性を高めてもそれを上回るペースで人口が増加するので、食糧の不足や貧困の発生は避けられないと説き、当時、大きな反響を呼んだ。マルサスは農業生産が増えたら国民のお腹(なか)も満たされるという発想を「ありえない!」と否定した。農業生産が増えると人口は倍々ゲームで増えるが、農業生産の増加はそのペースに追い付かないと一蹴した。今、先進国では栄養が十分足りている一方で、世界で何十億もの人が栄養不足で苦しんでいる。これも農業の問題なのだ。
このように農業は、素晴らしい発展である一方で多くのマイナス面を持っている。私たちに利益とバラ色の未来を約束するように見える進歩の中に、実は事前にはなかなか予想できない負の側面が潜んでいることがある。農業への移行により飛躍的に人口を増やしたヒト。進化の観点では成功だと言えるが、しかし単一の作物に頼ることで飢饉のリスクも発生。家畜からの伝染病が命を脅かす。そして農業への移行による発展は私たちが今、直面するさまざまな問題に繋がっている。
農業が不平等を生んだが、狩猟採集の社会ではリーダー役はいなかったのか? 不平等は無かったのか? 狩猟採集民でも誰かが狩りで主導権を執ることがあった。しかしそのリーダーは他のことには権威がなく族長でもない。彼は世襲の権力を持たなかったと思われる。彼は自分がよい狩人だとみんなにアピールできても獲物が取れたら山分け。リーダーとして少し多く分け前をもらうかもしれないが、それが狩猟採集社会。平等主義なのだ。
しかし農業社会になると不平等が始まる。その不平等が現代の格差にまで繋がっている。
今の米国を見て下さい。僅か0.1%の最も豊かな人が貧しい方の50%の人たちを合わせたのと同じ位稼いでいる。これこそ不平等。
狩猟採集から農業への移行は、ヒトの暮らしを一変させた。しかしどんなに素晴らしい進歩にも負の側面が潜んでいるのである。