長編小説「フーガはユーガ」
英題「TWINS TELEPORT TALE」・・・双子が或る条件下で瞬間移動して身体が入れ替わる物語。
伊坂幸太郎・著
実業之日本社・単行本2018年11月刊
<追記>
□ プロット
次の記事をご覧ください。
■ 伊坂幸太郎氏の著作と私のブログ(2014年~)
「首折り男のための協奏曲」(新潮社2014年1月、新潮文庫2016年11月)
「アイネクライネナハトムジーク」(幻冬舎2014年9月、幻冬舎文庫2017年8月)
「キャプテンサンダーボルト」(阿部和重との共作、文藝春秋2014年11月、文春文庫2017年11月)
「火星に住むつもりかい?」(光文社2015年2月、光文社文庫2018年4月)
「ジャイロスコープ」(新潮文庫2015年6月)
「陽気なギャングは三つ数えろ」(祥伝社ノン・ノベル2015年10月、祥伝社文庫2018年9月)
「サブマリン」(「チルドレン」の続編、講談社2016年3月、講談社文庫2019年4月)
「AXアックス」(KADOKAWA2017年7月、角川文庫2020年2月)
「ホワイトラビット」(新潮社2017年9月、新潮文庫2020年6月)
「クリスマスを探偵と」(河出書房新社2017年10月)
「フーガはユーガ」(実業之日本社2018年11月)
「シーソーモンスター」(中央公論新社2019年4月) 未読
「クジラアタマの王様」(NHK出版2019年7月) 未読
「逆ソクラテス」(集英社2020年4月) 未読
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■ キーワード & キーセンテンス
□ キーワード
◦ 「フーガ」とは、イタリア語の「fuga」・・・遁走曲・追走曲/逃亡劇/駆け落ち。
◦ 「TELEPORT」とは、英語で瞬間移動する/念力で動かす/量子情報を転送する。
◦ 双子のネーミングは、兄の「優我」がYouに、弟の「風我」はWhoに掛けている。
p39 ある時ふいに風我を指差し、「フーが?」と言い、その後、僕を指して、「ユーが」とぼそぼそ言ったこともあった。Whoが? Youが。それまでも僕たちの名前を用いた駄洒落や言葉遊びは、よくぶつけられた。
p195「ユーガって伊藤さんが話していた案山子の名前と似ている」・・・デビュー作の「オーデュボンの祈り」(2000年12月)に登場する未来予知能力がある案山子「優午」(ユーゴ)を連想させる。この作品では、伊藤さんが来た翌日、案山子はバラバラにされ、頭を持ち去られて死んでいた。伊藤さんは「未来がわかる案山子はなぜ自分の死を阻止できなかったか」という疑問を持ったのだ。
◦ p45,p48「血濡れぬいぐるみ」
▽ 主な四文字熟語
p93「画竜点晴」(がりょうてんせい)・・・物事を完成するために最後に加える大切な仕上げの喩(たと)え、物事の最も肝要な箇所の喩え。
p115,p130,p253「閑話休題」(かんわきゅうだい)・・・それはさておきの意味。この恵まれているとは言い難い人生に、突如、「閑話休題」が現れ、本当の、もっとマシな日々が現れてくれないものだろうかという願いを込めた言葉として挿入している。
p133「嗜虐主義」(しぎゃくしゅぎ)・・・他者に残虐な行為をすることを好み、他者を支配する狂喜を露わにする性向。
p223 双子の「超常現象」・・・現在までの自然科学の知見では説明できない現象のことであり、本作では双子が毎年誕生日になると2時間毎に、瞬間移動して身体が入れ替わる現象。
□ キーセンテンス
p3
僕が殴られているのを、僕は少し離れた場所で感じている。
p4
お母さんは別に味方ではない。いつだって見て見ぬふりなのだ。
p19
またしても風我と入れ替わったのかも。そう見当づけていた。「瞬間移動」 風我は目を輝かせて、言った。
p28
その日、二時間ごとに瞬間移動、瞬間的な入れ替わりは発生したのだ。
p30
「二時間ずれて生まれてきた双子が、二時間置きに、瞬間移動を?」高杉はさすがに鼻白んでいた。
p47
「一卵性双生児は遺伝子構造が同じなんだし、運動も勉強も基本的には遺伝子の影響が大きいんだから。どっちかが運動できるなら、もう一人もできるよ。」
p68
町の遠くの空は赤くなりはじめており、雲がうっすらと出血しているかのようだ。おそらく、あの雲だって誰かから、たとえば父親から虐待を受けているのだ。夕陽を見るたびに、ぼんやりとそう感じる。もしくは、僕たちのために、空が赤く泣いてくれているのではないか、と。雨が降っても、それを涙だと思うことはなかったのに、空の赤さには、心のどこかを刺激された。
p91
「何だか、天使と悪魔みたいだから」「はあ?」と聞き返したのは僕だったのか、風我だったのか。「よく言うでしょ。心の中の天使と悪魔」自分の両側にいる僕たちが同じ顔をしているものだから、しかも風我の口が悪く、僕のほうは比較的穏やかな喋り方だったから、そう連想したのだろう。
p103~p104
暴力と恐怖で充満した家で過ごしてきたのだから、人の嫌がることや、人を苦しめることには詳しい。他者とうまくやっていくためには、親切に、少なくとも礼儀正しくしたほうがいいとは理解できたため、ふだんはできる限り、そう振る舞っている。核の部分は陰湿だが、表層的にはできる限り、穏やかに。どうせ誰も人の核の部分など気にかけないのだ。
p130
閑話休題、という言葉を思い出す。余談の後に、「それはさておき」と本筋に戻るときに使われる接続詞だ。小玉も僕たちも、この恵まれているとは言い難い人生に、突如、「閑話休題」が現れ、本当の、もっとマシな日々が現れてくれないものだろうか。そう願ってしまう。
p184
僕たちどちらかが経験すれば、それは二人で経験したのも同然だった。
p228
シロクマのぬいぐるみと言えば、思い出すものは一つしかない。あれだ! と叫び声が出るのを手で押さえるほどだ。中学生の時、僕と風我とワタボコリが歩いている道に立っていた女子小学生が、「家出した」と言った。風我がシロクマの、血まみれにも見えるぬいぐるみを、彼女に押し付けた。・・・(中略)・・・結局は半分泣くような表情で、抱きしめていた。そして彼女は、未成年の男に、車で轢かれて死んだのだ。
p268
過去のさまざまな、「その瞬間」が頭の中を過(よぎ)って行く。風我が来る。僕はもう一度、ワタボコリに伝える。来るってどこから? 想定外の外からだ。「悪いね」僕は砂時計の最後の数粒が落下する直前、高杉に聞こえるような声をどうにか絞り出す。「俺の弟は、俺よりも結構、元気だよ」
p269
「どちらかが死ぬまでこれは続くってことか」つまり、これが最後のアレだったのだ。僕の絶命のタイミングが、ちょうどぎりぎりだったのだろう。風我がこちらに跳ぶが、僕は跳べず、だからここに二人が存在している。事切れた僕の体を、風我は見下ろし、驚いている。
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■ 主要な登場人物
常盤優我(ときわ・ゆうが)・・・主人公(物語は優我の視点で進行)。常盤風我と双子で兄。風我より2時間先に生まれ、毎年誕生日になると2時間毎に二人の場所が入れ替わる。勉強が得意で高校、大学に進学した。控えめな性格。
常盤風我(ときわ・ふうが)・・・常盤優我の弟。優我より2時間後に生まれた。運動が得意で口が悪い腕白な性格。
父親・・・優我と風我の視点では主に"あの男"と呼ばれる。二人に理不尽な暴力を振るう。架体(がたい)が良く喧嘩が強い。
母親・・・DV家庭に有りがちな父親の言いなりで、痛めつけられている子どもたちを庇うことがなく、彼らを置いて蒸発した。
高杉・・・富裕層の子供であり、残虐な方法で子供を殺して来た殺し屋。制作プロダクションのテレビマン(フリーのディレクター)。作品冒頭では番組制作者として優我に能力の取材をしている。実は常盤双子が子供の頃に起こった轢(ひ)き逃げ犯であったことが判明する。
ワタヤホコル・・・常盤双子の同級生。渾名(あだな)はワタボコリ。控えめで静かな性格で苛められていたのを常盤双子が何度か助けた。高杉に拉致された優我を助けるキーパーソン。
ワタヤサトミ・・・ワタヤホコルの妻。
広尾智也・・・常盤兄弟の同級生で苛めっ子。
岩窟おばさん・・・リサイクルショップ経営者。
小玉・・・風我の彼女。あまり自分のことを詳しく話さず、でもいつも傍にいて癒してくれるような女性。養父は異常な性的趣味を持つ。
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■ あらすじ
物語の主人公は、常盤優我(ユーガ、語り手)と常盤風我(フーガ)と言う2時間差で生まれた双子の兄弟。
二人の父親は、理不尽に暴力を振るった。
二人の母親は、子どもが父親から暴力を振るわれていても自分に危害が及ばないように無関心を貫いていた。
彼らは、そんな悲惨な家庭とは言えない場所で生活を送っていた。
そんな5歳頃の或る日、彼らは自分たちが意思に関係なく瞬間移動して身体が入れ替わるという特殊能力が授けられていることに気付いた。
その現象は1年に一度、誕生日の10時10分から2時間毎に発動される。
双子の兄・優我は、「助けなくちゃ」そう思った次の瞬間に、父親に殴られる自分がいて、同時にその姿を見ている自分がいた。
殴られていた立場から眺める立場へと次々と入れ替わる二人。双子はまさに一心同体であり、顔がそっくりな一卵性双生児だから誰にも気づかれない。
家庭での酷い生活はともかくも、勉強が得意な優我と、運動が得意な風我は無難な学校生活を送った。
そんな平凡な学校生活の中で特殊能力を使ったのはたった一度だけ。小学校~中学校共に苛められっ子であったワタボコリことワタヤホコルを助けた時。
動機は正義感ではなく、苛めっ子に対し、父親への怒りと同等のものを感じた衝動的な行動だった。
高校卒業時に双子の進路が分かれた。勉強のできる優我は、高校~大学へと進学。勉強が苦手で運動が得意な風我は、進学せずに中学時代からアルバイトでお世話になって来たリサイクルショップで働くこととなった。
それでも双子は決して離れ離れにはならず、お互いの経験を語り合い一心同体のまま。
やがて風我は、同世代の小玉という恋人ができた。だが両親を失った彼女は、育ての親である叔父から虐待を受けていることを知る。
「水槽に沈め、もがき苦しむ女性を見て楽しむ」という悪趣味な性癖ショーを開催し、小玉を出演させる義父。
ショー会場に忍び込んだ優我が、誕生日の超常現象を利用し、途中で風我と入れ替わりって義父を成敗した。
一方、優我と風我の暴力父は、優我が引っ越した先で仲良くなった親子に接触し、あろうことか親子を拉致したのだ。
優我と風我は、親子を救い出し、生まれて初めて親に抵抗することを成功させた。
しかしながら風我は、逃げ出した父親を追って事故に遭ってしまう。
兄の優我は、地元・仙台のファミレスで東京の若手ディレクターを名乗る高杉という男に、幸せでなかった子供時代のこと、兄弟だけの特別な「アレ」のことを話した。僕たちは不運だけど手強いのだと。
どうして秘密を話したのか!! 何故なら高杉は、特殊能力の証拠映像とも言える盗撮映像を突きつけて真相を聞き出そうとして来たからだった。
実はこの男は、小学生を拉致・監禁し、残虐なやり方で殺すのを楽しむ殺人鬼であった。