■ 7/24(土)午後の散策
□「区立隅田公園 山谷堀(イベント)広場」(台東区浅草7-1)
アブラゼミ
対岸(墨田区側)に怪しい雨雲
背景は「東京スカイツリータウン」(墨田区押上1-1-2)
□ 墨田区東向島3付近
未だ萎(しぼ)んでいないアサガオ
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□「都立東白鬚公園」(墨田区堤通2-2)
1986年に防災拠点機能を持った都立公園として開園、10.3ha。周囲には防災拠点として「都立リハビリテーション病院」、「都営白鬚東アパート(防災団地)」、「都立汐入公園」などが在る。
▽「区立桜堤中学校」(堤通2-19-1) 付近
夏越しのサクラソウ
フロックス
「南池」淵のシダレカツラ林はムクドリたちのお宿になっている
ホオズキの実の収穫、アオイ
ルドベキア
メランポジウム
グラジオラス
▽「隅田川神社」(通称「隅田村総鎮守/浮島宮/水神様」、墨田区堤通2-17-1)
▽「公園サービスセンター」(堤通2-2-1) 付近
フヨウ
▽「天台宗梅柳山墨田院 木母寺(もくぼじ)」(別称「梅若様」、堤通2-16-1) 周辺の花壇
977年の創建、能「隅田川 梅若山王権現」の舞台。1590年に徳川家康が「梅柳山」と命名、1607年に前関白・近衛信尹が「木母寺」と改号。明治維新で一端廃寺となったが1888年に光円僧正が再興した。
ボタンクサギ(別名ベニバナクサギ/タマクサギ)
ホウセンカ
グラジオラス
ヒマワリ
センニチコウ
キバナコスモス
黒白ネコ
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■ 7月24日は「満月の夜」
月齢14.1 「十四夜」
20210724--21:17 (正中の6分後)
南の空
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□ 7/25(日)の夜明け
20210725--04:44 (日の出の2分後)
西の空
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■ 7月25日は「かき氷の日」
7(な)2(ツー)5(ご)で、かき氷のかつての名前「なつごおり」(夏氷)の語呂合せと、この日に日本最高気温が記録されたことから、「(社)日本かき氷協会」※ が制定。
※「(社)日本かき氷協会」(世田谷区若林4-24-13)・・・日本の伝統ある食文化「かき氷」の素晴らしさを守るため、氷業界・かき氷飲食店舗など関連業種との繋(つな)がりを深め、全国・海外へかき氷の素晴らしさを広げることで、業界全体の更なる発展を目指す。
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□「かき氷」とは?
氷を鉋(かんな)や氷削機(ひょうさくき)で細かく削ったり砕いたりして、シロップ(甘露水)、茹小豆(ゆであずき)・餡(あん)、練乳(れんにゅう、コンデンスミルク)などを掛ける氷菓。
日本では、和風の甘味喫茶店では「かき氷」と呼び、洋風のパーラー喫茶店、和洋折衷の喫茶店では「フラッペ」と呼ぶことも多い。
「フラッペ」・・・フランス語Frappé。「グラッタケッカ」・・・イタリア語Grattachecca。
夏の風物詩として、「かき氷」「夏氷」は俳句や短歌の季語の1つ。
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▽「かき氷」の歴史
東京方言の「ぶっ欠き氷(ぶっかきごおり)」に由来。
元は、平安時代の「削り氷」。平安時代(996年頃に初稿)に清少納言の「枕草子」 第四十二段「あて(上品)なるもの」に記述された。「削り氷(けつりひ)にあまづら(甘蔓)入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」・・・金属製のお椀(わん)に、小刀で削った氷を盛って、甘茶蔓(あまちゃづる)の汁を掛けて食べる。
1869年6月、横浜市馬車道通り常盤町5丁目(現在の中区常磐町4-47付近)で、元旗本の町田房造が初めての「氷水」店を開店した。「あいすくりん」(アイスクリーム)発祥の店でもある。
「太陽の母子像」碑が建てられている。出典 http://matome.haletto.jp/
1882年(3度目の来日時)、米国の博物学者エドワード・S・モースが、かき氷を食べたことを記している。
1887年、回転鋸(のこぎり)の原理を応用した氷削機が、氷商の村上半三郎によって発明された。
昭和初期~戦前には、氷削機が普及。砂糖を掛けた「雪」、砂糖蜜を掛けた「霙(みぞれ)」、餡を乗せた「金時」が普通のメニュー。
戦後は、苺(いちご)やレモン風味のシロップを掛けて販売されるようになった。"波に千鳥"文様の幟旗(のぼりばた)、いわゆる「氷旗」の考案者は不明。
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□ お題「かき氷、何味食べる?」
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抹茶シロップを掛け茹小豆や餡をトッピングした宇治金時など、多様化している。
私は近年、苺味、ミルク味、コーヒー味、そして宇治金時を食べる場合が多かった。